青森県南部地方に伝わる刺し子技法を菱刺しといいます。模様を施してみると、布や糸の色の印象が実際とは違って感じられることが多くございます。そして、色の組み合わせは、模様の引き立ち具合にも変化を与えます。
隣接する色同士が影響し合い、色の見え方が実際とは異なって感じられる現象に「色の同化と対比現象」がございます。「補色」とは互いを引き立てる色の組み合わせです。
今回は菱刺しに見る、「補色」と「色の同化と対比現象」について考えてみたいと思います。
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南部菱刺しと色
模様や風合いなど、私が菱刺しに感じる魅力は多くございますが、色もそのひとつです。色合いは作品の雰囲気を決める大切な要素であり、何より、布や糸の美しい色、好きな色に包まれていますと、穏やかで優しい気持ちがするものです。
青森県に伝わる刺し子技法には南部地方の「南部菱刺し」と、津軽地方の「津軽こぎん刺し」がございます。
色の感覚、好みはそれぞれ自由なものであり、色の組み合わせは個人個人で異なりますので、一概には言えませんが、一般的に、こぎん刺しよりも菱刺しが「ひとつの作品の中で多くの色を使用しカラフルである」と言われます。
現在ほど豊かではなかった時代、布は、唯一自給自足で出来た麻布のみを使用していました。
また、南部地方は、土地が痩せており農作物が育たなかった為に貧しく、麻布を濃い藍色に染めるだけの経済力がありませんでした。
そこで、南部菱刺しでは、津軽こぎん刺しで使用した濃く染めた藍色の麻布よりも淡い、浅葱色の麻布を使用していたのです。
太平洋側の南部地方は、6月~8月に吹く冷たく湿った東寄りの風「やませ」の影響で、低温で曇りや雨の日が続くことがございます。
このような気候条件の中で生活する南部の人々にとっては、浅葱色は貧しさの色ではなく、待ち望む晴れた美しい空の色であったのです。
現在では、菱刺しでも濃い藍色の麻布も使用しますし、青系だけではなく、緑系や赤系、黄色系、白系など、豊富な布色に出会うことができます。
また、糸の色も多彩であり、色が豊富なだけ、色の組み合わせに悩むことも多いのです。
これまでの歴史を振り返りますと、なんと贅沢な悩みなのだろうと感じますね。色彩が豊かなことは幸せなことなのです。
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色の三属性~色相・明度・彩度~
「色相」とは、色みの違いを表したものです。
「明度」とは、明るさの程度をいいます。
「彩度」とは、鮮やかさの程度をいいます。
これら、色相、明度、彩度で表す色の要素を「色の三属性」といいます。
「色の三属性」を備えた色を「有彩色」といいます。
白、黒、灰は三属性のうち、彩度と色相がありません。この三色を「無彩色」といいます。
混じりけのない色ほど彩度が高く、混じりけのある色ほど彩度が低くなります。
白が混じる分量が多いほど明度が高く、彩度は低くなります。
黒が混じる分量が多いほど明度が低く、彩度も低くなります。
ですので、例えば、白が多く混じるパステルカラーは明度が高く、彩度が低い色となります。
黒が多く混じる焦げ茶は、明度も彩度も低くなります。
白や灰、黒が混ざらない色は、明度が中程度で、彩度が高くなります。
白や灰、黒が混ざらない色を「純色」といいます。
補色
「補色」とは、正反対の性質を持ち、互いを目立たせる色どうしをいいます。最も目に留まりやすい組み合わせです。
こちらは、「色相環」です。
虹の七色、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫を並べ、両端を混色した赤紫で繫いで色の環を作ったものです。向かい合った色が補色の関係です。
ですので、黄と青紫、赤と青緑、青と黄みの橙、緑と赤紫などが補色の関係となります。
「色相環」の中に、「無彩色」はありませんよね。基本的に補色は、「有彩色」にあり、「無彩色」にはないものなのです。
補色の身近な例には、緑色の非常口のマークがございます。
緑と赤はほぼ補色の関係にありますよね。
非常口の緑色は、火災の中でも引き立って見えるように考えられた色なのです。
色の同化現象
隣り合った色の色相や明度、彩度が近づき、同調して感じられる現象を「色の同化現象」といいます。
視覚に関する錯覚「錯視」の一種です。
細いライン状のボーダーやストライプなど、細かく面積が小さい模様で起こりやすいとされます。
色相の同化
どちらも同じ青の背景ですが、橙の線が入ると橙みの青に、緑の線が入ると緑みの青に感じられます。これは、色相の同化です。
明度の同化
こちらは同じ灰色の背景ですが、明度の低い黒の線が入ると暗く、明度の高い白の線が入ると明るく感じられますね。これは、明度の同化です。
彩度の同化
こちらは同じ色の背景ですが、左側のように彩度の高い線が入ると鮮やかに、右側のように彩度が低い線が入るとくすんで感じられます。これは彩度の同化です。
同化現象の身近な例には、同系色のネットに入ったみかんやオクラがございます。
同系色のネットに入れることで、色鮮やかに新鮮そうに見せる工夫がなされているわけです。
色の対比現象
同化現象とは逆に、隣り合う色どうしの色相や明度、彩度の差が、より強調されて見える現象を「色の対比現象」といいます。
対比現象も「錯視」の一種です。
色相対比
同じ青紫ですが、左側のように背景を紫にすると青みがかって感じられ、右側のように背景を青にすると紫がかって感じられます。
このように色相が周りの色の補色の方向へ近づいて見える現象を色相対比といいます。
明度対比
同じ灰色ですが、左側のように黒を背景にすると明るく感じられ、白を背景にすると暗く感じられます。明るいものはより明るく、暗いものはより暗く感じられるのです。
このように、周りの色の明度に影響され、実際よりも色が明るく見えたり、暗く見えたりする現象を明度対比といいます。
彩度対比
同じ水色ですが、左側のように彩度の高い背景ではくすんで感じられ、右側のように彩度の低い背景では鮮やかに感じられます。
このように、周りの色の彩度に影響され、彩度が変化して見える現象を彩度対比といいます。
補色対比
先ほどの黄と青紫、赤と青緑、青と黄みの橙、緑と赤紫など、「補色」の関係の色が組み合わさることによって起こる対比現象を補色対比といいます。
左側の白の背景よりも、右側の補色の関係にある紫の背景の方が、黄緑がより引き立って感じられませんでしょうか。互いを引き立て合い、より鮮やかに感じられるのです。
遠く山を眺めた時、山の稜線が黒く引き立って見えたことはございませんか。
隣り合う2色の明暗が変わる境界付近では、より明度差が強調され、暗い色はより暗く、明るい色はより明るく感じられます。そのため、境界線が引かれたように黒くはっきりと感じられているわけなのです。
これは明度対比の一種で、「縁辺対比」といわれる現象です。
菱刺しに見る「補色」と「色の同化と対比」
模様を施してみると、実際の布の色や糸の色とは違って感じられ、不思議に思うことが多々ございます。
布のみ、糸のみで考えていましても、実際に模様を施してみると、「あら、こんな色だったかしら?」ということも多く、完成した形を想像する上で、布のみ、糸のみではなく、「組み合わせ」を心掛けることの大切さを実感しています。
同化と対比を感じる色の組み合わせを何点かご紹介したいと思います。
こちらは、藍色の布に黄色の糸で刺したものです。
藍と黄色はほぼ補色の関係にありますので、模様がより引き立ちます。
黒みの紺の布に、白の糸で刺したものです。
正しくは白や黒の無彩色には補色はありませんが、補色は反対色のことをいいますので、白と黒は引き立て合う組み合わせといえます。
菱刺しには美しい模様が多くあり、その模様をはっきりと見せたい時など、作品にいかしやすいのは「補色」と感じます。
特に個人的に、彩度の高い色よりも、くすみのあるような色合いを自然と選びがちなので、模様をはっきりと目立たせたい時などは、「補色」を意識するようにしています。
同化現象は細かい模様で起こるので、二目ずつ刺すような模様や、「石畳み」のような模様で起こりやすいのではないかと思います。
また、中心は、ベージュの布に白の糸で刺した菱模様ですが、やはり、先ほどの黒みの紺の布に白糸で刺したものの方が模様が引き立って感じられるのではないでしょうか。
こちらが「石畳み」模様です。
どちらも同じピンクみの糸で刺したものですが、地(布)が濃い色の方がより模様がはっきりしますよね。
日光の当たり具合によっても違ってきますし、模様も異なる為、お伝えしにくいのですが、実物は色の印象の違いがより顕著なのです。
おわりに
いかがでしたでしょうか。
模様やその意味、風合いなど、菱刺しは様々な観点から見つめることができますが、
色の話をせずに菱刺を語ることはできないと感じる程、菱刺しと色との繋がりの深さを実感しています。
菱刺しを始めてから、色に意識を向ける視点が広がりました。
色は時に心身をいたわり、時に気持ちを高めたり、鎮めたりしてくれるものですよね。色へのアンテナを増やすことで、生活をより豊かにするのではないでしょうか。
是非、身の回りの「補色」の組み合わせや、「色の同化と対比現象」に関心を向けてみてくださいね。
お付き合いくださいましてありがとうございました。
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