菱刺しとは青森県南部地方に伝わる刺し子技法であり、綿素材のコングレス布や麻布に、糸で幾何学模様を表現してゆきます。使用する糸の種類や太さ、色への心配りは作品イメージを形にする上でとても大切なことです。今回は菱刺しで使用する糸について綴りたいと思います。
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糸の種類
糸を種類で分けますと、自然染め糸(草木染め糸、藍染め糸)と化学染料染め糸に、また、撚りの強い糸と撚りの弱い糸に分けることができます。
草木染め糸、藍染め糸、化学染料染め糸
草木染め糸
草や木など、天然の色素で染められた糸です。
草木染めの糸は素朴な色合いを持つので、草木染めの糸で刺した作品は柔らかで優しい印象に仕上がることが多いです。また、天然染料ゆえに、その時々で色の出方が違い、時の流れと共に退色しやすいことも特徴のひとつです。しかし、その色褪せた様がまた美しく、そのような個性も含めて草木染めの良さであると感じます。
藍染め糸
藍の葉で染めた糸です。藍染めは草木染めのような染色ではなく、藍の付着であり、藍染めと草木染めは性質が異なります。
藍染の糸は染める回数により濃さが様々あります。藍染めの糸を使用した作品は存在感や透明感を感じております。
化学染料染め糸
化学染料染めの糸は、きらきらと輝く印象で、草木染め糸よりもはっきりとした色合いなので、作品の中でポイントとなる色に使用しやすいです。草木染め糸よりも色落ちしにくいので、時が流れても作品の印象が変わりにくいです。また、化学染料で染めた糸なので、同じ色を入手しやすく、オリムパスなどの刺繍糸は色の種類も多いので、グラデーションをかける際も使用しやすいです。自然染めの糸よりも毛羽立ちにくい印象があります。
撚りの強さ
糸によって撚りの強い糸と弱い糸があります。菱刺しでは糸を撚らせながら刺しますが、刺す時に強く撚りすぎると布も同時に縮みやすくなります。ですので、初めから撚りの強い糸を使用すると刺しやすいです。
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糸の太さ
菱刺しでは太糸を使用します。6本取りや8本取り、太めのものでは10本取りの糸もありますが、8本取りを使用する場合が多いです。(糸の種類が最も多いものが8本取りですので、自然と使用する機会が多くなるのかもしれません。)私は、布の目に応じて糸を抜いて5本取りにして刺すこともあります。
糸の太さを決めるポイントは、布の目がしっかり埋まるくらいの太さにすることだと思います。布の目に対して糸が細すぎると、綺麗に糸が伸びないと感じます。糸が太めの方が模様が美しく映えるように思います。
糸のお店
刺し子糸のオススメのお店を2店、ご紹介したいと思います。
つきや
まずは、布についての記事でもご紹介した青森県弘前市にあるつきやです。つきやさんは糸や布だけではなく、針など、こぎん刺し菱刺しに関する商品が揃えられているお店です。
つきやさんの糸は化学染料染めの撚りの強い糸です。6本取り、8本取り、10本取りの糸がありますが、8本取りの糸の種類が一番多いです。
ネット販売はされておらず、直接お店に行けない場合はお電話かFAXでの注文になります。見本帳を販売されているので、色合いや撚り具合など、そちらでご確認くださいね。
染屋たきうら
盛岡手作り村にある藍染工房です。藍染め工房ですが、草木染めもされています。糸だけではなく衣類やアクセサリー、鞄なども販売されている、大変素敵なお店です。
たきうらさんの糸は撚りが強いです。草木染め糸や様々な濃さの藍染め糸、また藍+茜、藍+刈安など、ひと言で表現しがたい深く繊細なお色の糸がたくさん販売されており、種々の色に囲まれて、いつも時が経つのも忘れて見入ってしまいます。
また、希望する色に染めて頂くことができ、私は墨呉染と栗染めをお願いしたことがあります。
糸選びのポイント
①:葛染めの糸です。8本取りの撚りの強い糸です。
②:化学染料染めの8本取りで、撚りの強い糸です。つきやさんの704番糸です。
③:オリムパスの212番です。6本取りで撚りが弱いです。
いかがでしょうか。同じ緑系の糸でも、草木染めか化学染料染めか、撚りが強いか撚りが弱いか、何本取りかにより、印象がそれぞれ違いますよね。
菱刺しで使用する糸の選び方の大きなポイントは、糸の撚り具合かと思います。糸を撚らせながら刺すのですが、初めから撚りの強い糸を使用すると刺しやすいです。
刺繍糸のメーカーはオリムパス、コスモ、DMC、アンカーが有名ですが、6本取りなので、目の大きな布に刺すには刺繍糸は細すぎると感じます。また、撚りが弱いので、菱刺しで使用する場合は強く撚らせながら刺す必要があります。一方、目の細かい布に糸を抜いて使用する場合は、刺繍糸は糸が抜きやすいです。逆に撚りが強い糸は糸が抜きにくいです。
①と②の糸を使用して刺したものです。布は目が大きめの緑色の麻布を使用しています。つきやさんの布です。
刺繍糸2種(石畳模様を刺した黄緑色は③の糸です。5本取りにしています)と、菱形の小模様は②の糸(糸を抜いて5本取りにしています)、ステッチの部分はログウッド染めの糸を使用しています。それぞれ撚り具合も異なり、化学染料で染めた糸は鮮やかに映え、草木染めの糸は素朴で落ち着いた雰囲気があり、色合いもそれぞれ特徴があります。
それぞれお好な色や太さ、撚り具合があるかと思いますが、目の大きい布を使用する機会も多い菱刺しで使用されることが多く、刺しやすい糸は8本取りの撚りの強い糸かと思います。
おわりに
以前、先生の作品を見て、薄紫色の糸の微妙で素朴な色合い感動し、「この糸はどの糸でしょうか?」と伺ったところ、「それは退色してその色になったのよ」と教えて頂いたことがありました。私が求めたその色は、時の流れが作りだした色彩であったのです。
草木染め糸で刺した作品は、時の経過と共に色が退色し、魅力を増してゆく生きた作品となります。天然染めゆえの、その時にしか出会えない色の移ろいゆく様や、素朴な色合いが好きなのです。
しかし、私は意識しなければ淡い色薄めの色ばかりを使用してしまうクセがあり、作品によってはポイントとなる色が入らずに全体的にかすんだような印象となってしまうこともあります。特に小物などははっきりした色彩の方が作品が映える場合もあるのです。
そのような時、化学染料染め糸の華やかさに助けられます。また、天然染めの退色してゆく様に趣を感じる一方で、その色の変化に寂しさを感じることもあります。その点、化学染料染めの色褪せのしにくさは素晴らしい個性であると思います。天然染めと化学染料染め、どちらも上手に組み合わせながらの作品作りが大切なのかもしれません。
是非、素敵な糸との出会いを愉しんでみてくださいね。
お付き合いくださいましてありがとうございました。
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