全て自然染めの糸を用い、色彩に拘って制作した南部菱刺しの鞄です。作品や施した模様の図案を紹介しながら、使用した13種類の糸の染色技法や効果効能について綴りたいと思います。
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図案
こちらの模様を施しました。
1cm角 約縦7目×横9目の深い緑色の麻布に、8本取りの刺し子糸を13種類使用して刺しました。
表裏同じ模様で、ひとつの糸で10段ずつ刺して、色を変えてゆきました。
仕立てたものがこちらです。縦26cm×横24cmの鞄になります。
糸は全て自然染めの刺し子糸です。上から順に、ススキ+藍染め、藍染め(インド藍)、栗染め、葛染め、藍染め、紅花染め、柿渋染め、桜染め、テーチ木泥染法(茶)、テーチ木泥染法(ピンク)、ログウッド染め、待宵草染め、墨染めの糸になります。
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自然染め糸
自然染めに用いる染料は、水溶性の色素と不溶性の色素の、大きく2つに分けることができます。水溶性の色素は「染料」と呼ばれ、不溶性の色素は「顔料」と呼ばれます。水溶性か不溶性かで染色方法が異なります。今回使用した中では、泥や墨が不溶性であり、藍や渋柿はどちらの性質も持つようです。
使用した13種類の糸の染色や効果効能について、簡単に綴りたいと思います。
ススキ+藍染め
昔から、ススキは黄色の染料として使われてきました。
ススキの仲間である刈安は黄色の染料の代表であり、刈安は日本伝統色の黄色系の中で最古の黄色といわれます。刈安の黄色の色素はフラボンです。刈安に藍を重ねて染めると鮮やかな緑色となります。
藍染め・インド藍
Canvaからの写真です。
インド藍は藍の一種です。青色色素であるインディゴを含みます。
藍染めとは、他の植物染料のように決まった植物で染めるのではなく(例えば、桜染めなら桜、紅花染めなら紅花というように)、インディゴを含む植物の葉を用いて色を付けることをいいます。
インディゴを含む植物は世界各地に生育し、日本の蓼藍や琉球藍、ヨーロッパのホソバタイセイ、インドのインド藍などが有名ですが、インド藍は他と比べてインディゴ成分を多く含むといわれています。
栗染め
栗は色素成分であるタンニンを有し、樹皮、葉、花、皮、イガなど、全てが染料となります。中でも渋皮はタンニンを多く含みます。
栗染めは皮膚病や火傷によいといわれます。
葛染め
写真ACからの写真です。
世界は豊かな緑に溢れていますよね。しかし、不思議なことに、鮮やかな緑色に染めることのできる天然染料は存在しないのです。実際、葛も緑色ではなく黄色の染料と知られていました。
クロロフィルを用いた緑色染色法が考案されてからは緑色に染色することが可能となりましたが、それまでは、藍で青く染めた後に黄色の染料である刈安や黄蘗を重ね染めすることにより、緑色に染めていたのです。
緑色染色法は、組み合わせる媒染剤により染まる色が異なってきます。銅媒染を組み合わせることで鮮やかな緑色に染めることができます。媒染剤によって、黄みの強い緑色などになります。こちらの糸は、葛のクロロフィルを染料として用いたものです。
藍染め
藍は人類最古の植物染料です。
多くの植物染料は煮出すことにより色素を取り出しますが、藍の色素は水に溶けない為、煮出しても色素を取り出すことができません。なので、発酵させて水に溶ける性質に変えて藍の染液を作ります。
また、藍は、染めた成分が繊維の中まで入らない為、「染色」というより「色の付着」と言えるのです。藍染めは草木染めとはまた少し別のものなのですね。
染液に浸す回数によって、色の濃度が異なります。
藍染めは、防虫、殺菌、消臭、保温の効果があるといわれます。
紅花染め
Canvaからの写真です。
紅花の花は、黄色の色素であるサフロールイエローと、紅色の色素であるカルタミンの2種類の色素を持ちます。ほとんどがサフロールイエローであり、カルタミンは1%しか含まれません。また、サフロールイエローは水に溶ける性質で取り出しやすいのですが、カルタミンは水に溶けない性質で取り出しにくい為、黄色と紅色では、染色方法が異なります。
紅花染めは、血行促進や抗菌、保温効果などがあります。
柿渋染め
写真ACからの写真です。
柿渋の色素成分である柿タンニンは、天日干しにして色が濃く変化することから、柿渋染めは太陽染めと呼ばれます。柿渋液で染めたものは日光に当たることで退色せずに、色を濃くしてゆくわけです。
柿渋の成分であるペクチンにより、柿渋染めは硬い性質を持ちます。また、定期的に染め重ねることで強度も増します。
防虫、防水、殺菌、防腐効果があります。
桜染め
桜染めは桜の樹皮や枝を煮出して染める方法です。桜は、花からは色付けできない為、開花する直前の樹皮や枝を煮出して染めます。
桜の葉に含まれる芳香成分であるクマリンには、抗菌、抗酸化作用、リラックス効果などがあるといわれ、桜色は血行促進、美肌効果、癒し効果があるといわれます。
テーチ木泥染法
写真ACからの写真です。
泥染めは奄美大島の伝統工芸です。
まず、テーチ木と呼ばれるバラ科の樹木のチップを煮出した液で、茶色の褐色に染めてゆきます。この染色技法を「テーチ木染め」といいます。
そして、「テーチ木染め」を何度か繰り返したものを泥で焙煎します。テーチ木が持つタンニン酸と、奄美大島の泥に含まれる鉄分が化合し、色が変化してゆきます。これを「泥染め」といいます。この工程を繰り返すことで、黒色に染まってゆきます。
染色した糸で布を織る染色技法を「先染め」といい、大島紬は先染めの代表です。テーチ木泥染法で染めた絹糸で織られた絹織物を泥大島といい、泥大島は伝統的な大島紬であり、泥染めは大島紬の伝統染色技術なのです。
テーチギ染めと泥焙煎の具合で、ピンクなどの色を生むことができます。
ログウッド染め
Canvaからの写真です。
別名をアカミノキ、ブラッドウッド、血の木といいます。樹液が赤黒い為、血の木という名前がつけられました。
芯材に含まれるヘマトキシリンという色素を染料に用います。媒染の違いにより、様々な色に染まるので、全ての色を持つといわれます。
ログウッドは邪気を祓うと伝えられ、全ての光(色)を持つ聖なる木として、マヤ族がお守りとして大切にしてきたスピリチュアルな要素を持つ木なのです。
待宵草染め
夕方に花開き、月を眺め、朝には萎んでしまう一日花です。
鉄媒染を組み合わせることで暗い紫色に染まります。
墨染め
Canvaからの写真です。
墨は水に溶けない色素である為、豆汁に混ぜて塗ります。そして、豆汁が固まることで色を付けることができるのです。なので、染色というよりも色の付着といえます。
墨の香りには癒し効果があるといわれます。
仕立て
今回は持ち手、内布、底に同じ綿の布を使用し、統一感を出しました。
底には樹脂板を入れて形を整えています。
おわりに
菱刺しの鞄を制作するにあたり、最も拘った部分が色彩でした。
元から色が好きで、関心の高い分野でしたが、染色という技術的な側面よりも、色そのものの美しさに癒され、色の名前や由来に関心を寄せているという感じでした。しかし、少しずつ、その色を作り出す染色技法にも強く引かれてゆきました。
初めて染色技法に強く引かれたのは、桜染めには花びらではなく、樹皮や枝を用いると知った時でした。
開花前、桜の幹や枝がほんのり赤みを帯びるように感じており、個人的な春の味わいのひとつでした。
また、木の芽が芽吹く前に山へゆくと、木の群れが一斉に幹を枝を紫色に染めているように感じることもありますが、確かに幹や枝に流れる色素は茶色だけではなかった事実に心打たれたのです。
また、例えば柿渋染めの糸ですと、他の糸と比べて硬さがあることを不思議に感じていたのですのですが、少しですが染色の知識を得て、その理由を知ると、手元に届くまでの糸の歩みや職人の方々の心が見えるようで、新たに感謝の気持ちも生まれ、異なる観点から糸を眺める機会も増えました。
糸(色)を選ぶ時は主に、感覚で選ぶことが多いのですが、染色について知り、染料に着目して選ぶと、作品の持つ意味も深まるのではないかと思います。
お付き合いくださいましてありがとうございました。
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